高松高等裁判所 昭和26年(う)754号 判決 1952年6月27日
控訴人 被告人 井上和夫
弁護人 武田博
検察官 十河清行関与
主文
原判決中判示第一、二、三の罪に関する部分を破棄し同第四及五の罪に関する控訴を棄却する。
被告人井上和夫を原判示
第一の罪について罰金壱万壱千四百四拾五円に、
第二の罪について罰金五万弐千九百四拾五円に、
第三の罪について罰金弐拾弐万六千九百五拾円に、
処する。
右罰金を納めることができないときは第一の罪については二日、第二の罪については一〇日、第三の罪については五〇日被告人を労役場に留置する。
理由
弁護人武田博の陳述した控訴趣意は末尾添付書面の通りであるが先づ
職権で調査するに、
清凉飲料税法違反の罪につき検察官が公訴を提起するには税務署長等の告発がなければならないものであるが告発にはその性質上理由即ち犯則事実が示されていなければならないものと解すべきであるところ、記録に編綴されている本件に関する所轄税務署長の被告人に対する告発書には罪名清凉飲料税法違反、該当法条清凉飲料税法第一五条と示されているが、犯則の事実として特に記載されたものは存しないけれどもその添付書類であり別に証拠としても取調べられ記録に編綴されている犯則事件調査顛末書には犯則の事実が記載(五〇丁及六五丁)されているからそれと前記罪名及該当法条と相俟てば告発にかかる犯則の事実を特定し得られる程度のことが示されていることが認められるから結局有効な告発があつたと云うべきである故公訴提起の手続に欠けるところはない。
次いで前記控訴趣意につき調査するに、
記録を調べてそれに現はれている犯情及そのうち所論の情状状況等を考慮して勘案すると、所論原判示第一、二、三の罪について清凉飲料税法第一五条第二項の罰金刑を科すべき情状があるとして量刑した不当があると認められるので論旨は理由があるがその余の罪の量刑は相当であり論旨は理由がない。
よつて刑訴法第三九六条に則り原判決中判示第四及五の罪に関する部分の控訴を棄却し又同法第三九七条第三八一条に則り原判決中判示第一、二、三の罪に関する部分を破棄し同法第四〇〇条但書により原審が適法に確定した原判示第一、二、三の事実を法に照らせば被告人の所為は、孰れも昭和二四年一二月二七日法律第二八五号附則第一〇項清凉飲料税法第一項に該るので同法第二一条によりそれぞれ主文の通り所定額の罰金を科し刑法第一八条により罰金を納めることができないときの換刑を定めた。
仍つて主文の通り判決するのである。
(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 太田元)
弁護人武田博の控訴趣意
原審判決はその量刑重きに失し不当である。即ち原審の認定した事実は之を要約すると、被告人が昭和二十三年二月一日より同年五月三十一日に至る間製造場外に移出した清凉飲料(ラムネサイダー)を実数量より不正に少く申告して清凉飲料税を逋脱し又同年六月一日より同月三十日迄の間製造場外に移出した清凉飲料の実数量を不正に少く申告して清凉飲料税の逋脱を図つた。と言ふにある。而して原審は(1) 税額「二千二百八十九円」を逋脱した第一の罪に付被告人を罰金一万五千円に、(2) 税額「一万五百八十九円」を逋脱した第二の罪に付被告人を罰金五万五千円に、(3) 税額「四万五千三百九十円」を逋脱した第三の罪に付被告人を罰金二十五万円に、(4) 税額「五万三千百三十円」を逋脱した第四の罪及税額「四万三千二百八十七円」の逋脱を図つた第五の罪に付被告人を懲役四月(但三年間刑執行猶予)に、夫々処したのであるが次の諸点に於て原審の量刑の内(1) (2) 及(3) の罰金は重きに失するものと思料する。(一)被告人は前記逋脱し又は逋脱を図つた税額を本事件発覚後税務署の通告を受けるや直ちに完納し徴税そのものには毫末も支障なからしめているだけでなく、同時に通告を受けた罰課金の納付に付ても誠心誠意全収入を挙げて納付すべく数次に亘り約四十万円を税務署係員に預託してゐたが何分多額の罰課金の為急速には納付不可能であつた為遂に右預託金中の金員も返還せられて告訴を受けるに至つたものである。犯罪後の情状に於てはその誠意なる行動により最も情状軽きものと信ずる。而して右の事実は検察事務官作成の被告人の供述調書及原審公判廷に於ける被告人の供述によつて説明し得るところである。果して然らば被告人の原審判示第一第二及第三の罪に関しては清凉飲料税法第十五条の定める第一項の罰金を課せば足るものと思料せられるに拘らず、原審は右孰れの罪に関しても同条第二項により逋脱税額の五倍を超える罰金を科したのは事案の犯状に照してその量刑重きに失するものと信ずる。(二)原審認定に係る本件犯罪事実は孰れも昭和二十三年度に於ける事実である。而して右昭和二十三年度に於ける清凉飲料税の税率は終戦後の最高を示していたもので且時勢も終戦直後の混沌状態を未だ脱せず税制の確立尚ほ遠きものありて課税並徴税の各部面に於て不均衡と過量の弊を免れ得なかつたところである。元来国家の税収入の内その大半は所得税にして間接国税の而も清凉飲料の如きはその税収入額の比率は他税に比較し微々たる存在である。而も清凉飲料は所謂大衆嗜好品であつて特に夏期に於ける一般大衆の生活とは切つても切れない関係にあり、此の意味に於て生活必需品の一種に属するものである。その為全国の清凉飲料製造業者は数年来より清凉飲料税廃止方を同業者組合を通じ国会委員会に迄屡々陳情しているところである。その結果は当局も重視し漸次清凉飲料税の税率を逓減緩和し今日に於ては製造一石に付、ラムネ千二百円サイダー二千円 に減率せられ之を本件犯行当時の税率に比照するときは税額に於て実に四分の一に減額せられているところである。結局本件は税制改革の過度期に発生した事案で課税方針漸次変りつつある今日に於て之に厳罰を課する要なきものと信ずる。前記税率の変遷は被告人が原審公判廷に於て供述するところであり税制の改革は公知の事実である。(三)被告人の資産状態は家屋土地工場設備等一切を評価しても二百万円を出てないものである。勿論右評価は之を客観的な交換価格として見積りたるものではなく、被告人の主観的な評価であるが之を交換価格に見積るときはその価格は若干減少するものと思はれるだけでなく、右資産の価格の大部分は住宅(自己家族の現在する)並にその宅地でありその他はさしたるものではないのである。而して営業による収入は夏期の最盛期に於て月五万円位にしてこの収入は業態上毎年三月より九月末に亘る七ケ月間之を得るに過ぎず。冬期五ケ月間は全然操業せず無収入である。従つてその収入を毎月に平均するときは僅かに月三万円に達せず之を以て家族七名の生計費子弟の学費その他一切の費用を支出する必要があるのであるから到底裕福なる生活状態ではあり得ない次第であり且余剩の現金の生れる余地のない実状にあるものである。此実状に於て原審量刑の如き多額の罰金を納付することは著しく困難であり結局家産の大部分を処分して罰金を調達するより外他に策なき次第である。而してその暁には或は廃業の止むなき状態に陥る虞あり之亦止むを得ないとしても此の種事業の犯情から見て同情に値するものがある。前記被告人の資産及収入の状態は検察事務官作成の被告人の供述調書及原審公判廷に於ける被告人の供述により明らかである。右事実に徴する時は此の点に於ても原審科刑の内罰金刑は重きに失するものである。
以上孰れの点よりも原審の量刑の内罰金刑は重きに失するものであるから破棄を免れないものと信ずる。